Oct 16, 2009
家庭教師はメリットだらけ
受験シーズンになると、やっぱり自分の力だけで勉強することは非常に意志がなければ難しい。塾に通うことも珍しくないが、家庭教師という手段も必ず導入しなければならないと考える。家庭教師は、まず自らが行う必要はないのが最大の利点です。冬の寒い日と、雨の日のことだと通学する必要はない。その分、通学時間を勉強に使うことが一対一なので、先生自身が知らない所だけ聞くということができます。家庭教師は、このようなメリットだらけだ。友達に聞いて塾講師をしたことがある。大人の英語講師の経験があったが、子供相手には全く経験がなくて大変だった。プレーしたい仕方ない子供の整理に集中させ、学校とは異なり、点を取れるように訓練を集中的に行うべきである。スケジュールも過密で、少ない準備時間続けて授業を消化しなければならなかった。塾講師は再びしたくないと思った。
韮崎市円野町下円井の市道で恒例の「円野町かかし祭り」が開かれている。田園を背にした市道には「なでしこJAPAN」や「地デジカ」など世相を反映した34タイトル101体のかかしが並び、家族連れなどが見物に訪れている。
祭りは94年に始まり、今年18回目。かかしは「世相を反映したもの、平和や幸福を連想するもの」という条件で毎年公募される。話題となったテレビ番組やスポーツ選手などをモチーフにした作品が多いが、今年は「メッセージ性が強く、訴えてくる作品が多い」と同祭り実行委員長の内藤利信さん(73)。節電を呼びかけるものや、震災の苦難を乗り越えようと促すメッセージが書かれたものなども目立つ。
内藤さんは「田んぼの空気や涼風を感じながらかかしと対話してほしい」と話した。9月25日正午まで。【山下智恵】
8月23日朝刊
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◆1943年から国民学校の教師に−−高見沢静佳さん(86)
◇戦争に加担、後悔今も
◇年配の先生まで召集、本当に勝てるのだろうか
元小学校教諭の高見沢静佳さん(86)=韮崎市=の子供時代は戦争一色で、軍国教育を受けて育った。小学校に入学した1931年に満州事変が始まった。43年に国民学校の教師になり、自分が受けた教育と同じことを教えた。戦争に疑問を抱き始めたのは、終戦間近になってからだ。戦争に加担してしまったことへの後悔の念は、今も消えない。
高見沢さんは県女子師範学校を卒業し、国民学校の教師となった。まだ、落ち着いた雰囲気の中で授業を行うことができた。音楽の授業では、「出征すれば、手柄を立てずに帰ってくることはできない」という趣旨の歌詞の歌を、子供たちと歌った。
南アルプス市(旧源村)の実家近くの学校へ転任した44年には、地域の男性や若い男性教師たちが徐々に召集されていった。学校に残った男性は年配の校長と教頭だけ。高見沢さんたち女性教師は、午前中は、校庭に作った水田や、近くの河原を耕したサツマイモ畑に子供たちを連れて行き、農作業に汗を流した。次第に、米軍機が上空を飛び、警戒警報が発令されることが多くなってきた。子供たちを引率して帰宅させる日が続いた。戦争が身近に迫ってきた。
都会からの疎開児童も増えた。1学級は60人以上に膨れあがった。教室には机が隙間(すきま)なく並べられ、教室内を巡回できなくなった。給食はなかった。サツマイモを持参できる子供は少なく、疎開児童らは水を飲むしかなかった。
高見沢さんは、特に空腹でつらそうにしている子供には、人目につかないところで、自分が持ってきたサツマイモを渡した。つらい思いをしている子供は1人だけではない。子供たちの間でトラブルが起こらないよう目を配り、陰で励ますことしかできなかった。
45年7月6日、教頭が出征した。「年配の先生まで召集されるなんて、日本は本当に勝てるのだろうか」。近所では、息子や夫の戦死の知らせが来る人もいた。高見沢さんには、学校が軍国教育を行ってきたことに対して、疑問がわくようになった。しかし、うっかり口に出すことは、まだ時代が許さなかった。
終戦後、教育現場は一変した。高見沢さんたち教師は、子供たちに、教科書に墨を塗らせた。戦意を高揚させるような部分を消していったのだ。これまで教えてきたことと真反対のことをさせなければならなかった。心苦しかった。
* * *
記者が取材にうかがった今月5日、高見沢さんは「自分が幼い時から戦争一色の中で育ったからといって、戦争に加担してしまったことは後悔しています。教え子に申し訳ない」と話した。
82年に韮崎市立甘利小を最後に小学校教諭を退職。甲府市内で行われている甲府空襲展の会場で約10年前から、戦時の語り部として活動している。「今の子供たちには、戦争で悲しい思いや苦しい思いはさせたくない。せめて、その怖さを伝えることが今の私の使命」【山口香織】
8月23日朝刊
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