Jun 20, 2010

外壁塗装をする際の注意点

外壁塗装時に塗料の色を決定する必要があります。既存の外壁が単色で同じ色に塗装する場合はあまり問題になりませんが、色を変える場合は注意が必要です。一般的に色見本を使用して、ペイントの色を選択します。しかし、小さいサンプルと実際の外壁塗装の場合、色の見え方に違いがあります。よりイメージに簡単に、また、塗装後の確認のため必ず選択した塗料を使用して少し大きめのサンプルを作ってもらい確認して、外壁塗装をするようにしましょう​​。
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吉田典史の時事日想:
 権限と責任があいまいな職場は少なくないが、こうした組織にはどんな問題が潜んでいるのだろうか。今回は筆者の経験を元に、解決策を考えたい。

 部長と課長は、どちらがエライのか――。

 迷うまでもなく、部長のほうが実績もあり、発言力は強く、存在感もあるはずだろう。しかし、私は会社員のころ、どちらがエライのか分からない職場に勤務し、苦しんだ。このときに味わったバカバカしさが、38歳で会社を辞めた一因であった。

 前回の記事(東京電力にみる、社長と会長の奇妙な関係 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1106/03/news002.html)では、社長と会長の間では権限と責任があいまいであり、そのことが無責任な体制を作っていることを指摘した。この責任の所在がはっきりしない空間が日本企業にはたくさんある。そこでは立場の弱い人が汚れ役をさせられたりして苦しんでいる。今回は、その無責任な職場を身近なレベルで考えたい。

●部長と課長の確執

 まず、私が33〜38歳のころに働いていた職場を紹介したい。

・部署の名称:編集部(2つの課に分かれ、それぞれ5人ずつ)
・部員:2つの課を合わせて計10人(正社員9人:非正社員1人)
・体制:部長(40代後半・男性)の下に2人の課長。1人は50代前半の女性、もう1人は40代後半の男性。

 私は、50代前半の女性が課長を務める部署にいた。部員の年齢や性別などの内訳は、以下のとおり。いずれも非管理職。

(1)30代半ば(私)(2)30代後半・女性、(3)30代前半・女性、(4)20代後半・女性

 問題は、課長とその上司である部長の不仲にある。課長の女性は雑誌や書籍の編集の仕事に30年以上にわたり携わってきた。だから、仕事を処理していくスピードは早く、部下への指示も今にして思うと的確なものが多かったように思う。だが、組織を束ねていく力は弱い。短気な面があり、部下が何か意見を言うとそれをさえぎり、封じ込めることがよくあった。

 その上にいる部長は、40代後半の男性。「お金持ちの息子」として評判だった。有名私立大学の付属中学校からエスカレートで大学まで上がり、親の縁故で入社。のんびりした性格で、部下を責めることはしない。その意味で、安心できる上司ではあった。ただし、自分の出世のことばかりを考えていて、私は少々滅入ることがあった。同世代の管理職によると、20代のころから上司にアピールすることが達者で、30代半ばで管理職になったという。

●部下として疲れ切った日々

 部長が部署の責任者であり、その下に2つの課がある。それぞれに課長がいる。しかし、課長らを信用していない。部長は小さいころから親から甘やかされてきたから、常に自分中心でないと気がすまないのだろう。仕切れないと、イライラし始める。「権限委譲」という発想がないのだ。

 課長が席を外したときには、私や女性社員らを自席に呼び、「まずは俺に仕事の報告をするように」と迫る。課長にはそのことを言わない。確かに課長は部長に報告をしていなかった。事実、それによりトラブルが起きていた。

 部長はこの課長に「報告しろ」と言いたいのだが、言えない。実際、課長は何かを言われると、怪訝(けげん)そうな表情を見せる。私が「なぜ、直接、課長に言わないのですか」と聞くと、部長は「彼女を怒らせると厄介」と答えた。

 課長と部長は3メートルほどしか席が離れていないのに、話し合わない。私は「職場で唯一の男性だから」という理由で、部署で話し合われていることを部長に報告することを求められた。

 これを無視していると、部長は階段の踊り場に呼び出し、「課長は何を言っているのか」と聞き出そうとする。皆が帰ったころを見計らい、「自分のことを悪く言っていないか」と言い始める。この生活が続くと、私は精神的に疲れ切っていた。

●皆が「個人事業主」の職場

 この職場を離れ、6年が過ぎようとしている。当時、なぜこのような状況に陥ったのかを考えてみたい。「部長と課長の確執」と言えばそれまでだが、少なくとも以下のことが挙げられると思う。

(1)部課長をはじめ、部員らが互いに縄張り意識が強く、協力し合う意識が弱い。
(2)部員それぞれが、自分の仕事以外に注意が行き届かない。
(3)部員たちが皆で真摯に話し合う「場」がない。
(4)部長や課長らに警告を発する人や部署がない。例えば、人事部など。
(5)部長と課長が話し合う「場」がない。
(6)社員の間に危機意識がない。

 これらには共通するものがある。一言でいえば、部課長を始め皆が意識の面では個人事業主になっていることだ。自分の仕事にしか関心がなく、チームという意識がない。そこには共通した思想も価値観もないからだ。会社員として一定の秩序のもと、動くためにはやはり、価値観の共有が必要になる。

 だが、創業50年以上になるとバラバラな意識のままでも成り立つものなのだ。ただし、業績は毎年右下がりになりつつあった。編集という仕事は1人でやっていけないこともない。これが、個人事業主化に拍車をかけていた。

 そこで私は部長と課長に互いに話し合う場や関わり合う『場」を設けるべきではと提案した。場があれば、2人は話し合うと考えた。皆も自分の問題と意識し、解決に向けて動き始めると思った。会議が年に1〜2回しかないのだ。だから、他の部員が何を考え、どのような仕事をしているかが分からない。ここから、職場の動きに鈍感な社員が生まれ、必要以上に縄張り意識の強い管理職が生まれると思えた。

 当初、話し合いの場を設けることに部長と課長は抵抗した。2人ともほぼ同じことを話していた。「あえて場を作っても意味がない」。他の部員は、2人の確執に「こんなことでは困る」と陰口を言うだけだった。

 結局、役員の判断で月に1回のペースで話し合う場が設けられ、そこで皆が意見をぶつけ合った。

 部長と課長はここでも話し合いをしなかったが、課長は部長の言うことをしだいに聞くようになった。部長も課長に権限を多少、委譲し始めた。2人の確執は続いたが、職場の空気は変わっていったことは事実である。私はその後、辞めた。

●月に数回は皆で話し合う「場」を

 この記事を書くにあたり、そこの社員に聞くと、課長は異動になったようだ。部長が追い出したという。職場の空気はそのときほどひどくはなく、話し合う「場」は今もあるようだ。部長は今も仕切らないと気がすまないとも聞いた。

 この経験から、職場には月に数回は皆で話し合う「場」を設けることを私は勧めたい。それで社員の対立は完全には解決できないが、向かい合う習慣を設け、それを文化にしていくことで歯止めが利くようになる。それぞれの思いや言い分はあるだろうが、意識は極力1つにした方がいい。だが、皆が個人事業主のようになっている職場ではそれが難しい。根回しをしたうえで提案しないと、いじめを受ける可能性がある。

 振り返ると、職務の範囲や権限と責任があいまいな職場で生きていくのは、私には耐えられなかったのだろう。読者はあいまいな職場で納得感のある仕事ができているだろうか。

【吉田典史,Business Media 誠】

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